9. 記憶できないことと亜鉛のものがたり

私たちは周辺環境からストレスを感じると、視床下部―下垂体―副腎皮質系を介したホルモン分泌が刺激され、副腎皮質からグルココルチコイド(糖質コルチコイド)分泌が増加します。もちろん急性的には青斑核ノルアドレナリン神経も活性化します。ストレスに伴うより長期的な変化としては、グルココルチコイド分泌増加が脳に大きな影響を与えます。

海馬はグルココルチコイド受容体を豊富に発現するため、ストレス感受性が高い脳部位として知られています。グルココルチコイド受容体は一般的なステロイドホルモン受容体と同様に細胞質に存在していますが、細胞膜(ミネラルコルチコイド受容体とともに)にも存在しています。グルココルチコイドは親和性が高い細胞膜のミネラルコルチコイド受容体と結合し、ダイナミックに海馬グルタミン酸作動性神経終末からグルタミン酸放出(Zn2+放出も)を促進します。その結果、上記のように、適度なストレスは海馬グルタミン酸作動性神経シナプスでの長期増強を促進します。しかし、過度にストレスが付加されると、海馬グルタミン酸作動性神経は過剰に興奮し、グルタミン酸放出(Zn2+放出も)は異常となるために、Zn2+透過型GluR2 欠損AMPA受容体を介して過剰なZn2+が細胞外から流入します。これは、過度なストレス体験の記憶に利用されると考えられる一方、細胞内でZn2+毒性が現れ、学習・記憶を障害するとも考えられます。

ポイント ストレス誘発性の学習・記憶障害に亜鉛が関与する