11. 神経細胞死と亜鉛のものがたり

老化に伴い脳では梗塞や虚血のリスクが高まります。これらが海馬で起きると病巣部では血流低下による酸素不足により神経細胞は死ぬため学習記憶が障害されます。この過程でグルタミン酸作動性神経は異常に興奮します。これはグルタミン酸興奮毒性と呼ばれ、神経細胞死の共通メカニズムとして知られています。異常興奮により細胞外液におけるグルタミン酸濃度の異常な上昇が続き、その結果、グルタミン酸受容体が異常に活性化されます。イオン透過型グルタミン酸受容体であるNMDA受容体が活性化されると、細胞外からこの受容体を通してCa2+が過剰に流入して神経細胞死を惹起します。細胞質Ca2+濃度は定常時は~100 nMであり、学習時にはNMDA受容体活性化により一時的に~1000倍に上昇します(細胞内Ca2+シグナルとして)。この上昇が異常に続くと、あるいはさらにCa2+濃度が上昇すると神経細胞を死に導きます。このグルタミン酸興奮毒性による神経細胞死は脳梗塞や脳虚血での急性的な変化としてよく知られていますが、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症などの進行性神経変性疾患においても神経細胞死のメカニズムとして知られてきました。 

Ca2+毒性はCa2+蛍光プローブ(Ca2+イメージング剤)などの開発により明らかにされてきましたが、Ca2+蛍光プローブはCa2+以外にZn2+とも強く反応することが明らかにされ、Zn2+毒性による神経細胞死が注目されるようになりました。

細胞質Zn2+濃度は定常時は~100 pMと極めて低く保たれており、細胞外Zn2+濃度である~10 nM(細胞外Ca2+濃度は1.3 mM)に達すると神経細胞は死にます。Zn2+はCa2+と比べてタンパク質との結合性が強く、遊離のZn2+濃度の割合は細胞内外で極めて低く保たれています。これは、Zn2+はCa2+より神経毒性が高いことを意味しています。グルタミン酸興奮毒性が起き、Zn2+透過型GluR2 欠損AMPA受容体(イオン透過型グルタミン酸受容体のサブタイプ)が活性化されると、細胞外からこの受容体を通してZn2+が過剰に流入して(Ca2+も流入しますが)神経細胞死を惹起します。

Zn2+毒性はCa2+毒性より神経細胞死のカギとなります。海馬での神経細胞死は学習・記憶を障害しますが、前向性健忘症の要因となります。

ポイント 細胞内Zn2+毒性は神経細胞死の一因となる